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大正15年11月18日生まれ 新潟県出身 血液型O型昭和49年、技能試験制度の発足と同時に酒造技能士1級免許を取得。翌年、醗酵科職業訓練指導員免許を取得。
経歴
昭和20年、終戦と同時に故郷である新潟県三島郡寺泊町に戻り、家業である農業のかたわら、酒造りへの道を志す。
◆昭和20酒造年度〜同26酒造年度
『高野酒造』(新潟県)
働き(雑用係)より始め、麹屋(米麹製造責任者)をまかされるようになる。
◆昭和27酒造年度〜同33酒造年度 『山下酒造』(静岡県)
当時、寺泊杜氏組合の組合長であった名杜氏・河合清(紫綬褒章受賞)の招きにより、頭(かしら/全作業を統括)兼、副杜氏(税務書類を含めた杜氏の全ての作業をサポート)として入蔵。清酒はもちろん、醸造アルコール、合成酒、焼酎、甘味果実酒と、実に5種類のアルコールを毎年製造する。多くの酒類に接することにより見聞を広め、当時はまだ盛んではなかった吟醸造りにも本格的に挑戦する。
◆昭和34酒造年度〜同51酒造年度 『初亀醸造』(静岡県)
初めて杜氏として入蔵。自らの手で一粒一粒の米を選別するなど、徹底したこだわりにより吟醸造りを極め、在籍中に静岡県清酒品評会5年連続首席一位、名古屋国税局酒類品評会の首席一位を2回獲得。さらに、本当の実力が問われる秋に、当時最高権威といわれた東京農大主催の全国酒類品評会で首席一位に輝くなど、ほぼ毎年のように全国新酒品評会をはじめとした各品評会・鑑評会において上位入賞を果たす。
◆昭和52酒造年度〜平成3酒造年度 『雲井酒造』(愛知県)
2000石の中小規模の蔵から1万2500石の準大手蔵へ。入蔵と同時に当時日本初となる30t仕込みを開始する。85klの超大型の仕込みタンク(通常は5kl程度)を8本使用し、誰もやったことのない大仕込みに挑む。
蔵の方針で吟醸造りがなかったため、品評会等への出品はなかったが、大仕込みながら手造りで手間と技術を要する山廃を使用した本醸造は評価が高かった。
◆平成5酒造年度〜現在 『尾畑酒造』(新潟県・佐渡)
多様な酒類を製造し、吟醸を極め、日本初の大仕込みをも経験し、一度は現役を引退した松井杜氏。しかし、一年間の休業を経て、後継者の育成と自らの技を再度極めるため現役に返り咲く。最後の蔵元として松井杜氏が選んだのが尾畑酒造。良質な水と米があり、若い蔵人が多かったことから入蔵を決めた。
16年ぶりに吟醸造りも行い、翌年より品評会・鑑評会への出品を再開、同時に関東信越国税局酒類鑑評会で優秀賞を受賞する。その後、出品した品評会・鑑評会でもそのほとんどに入賞、酒造りとともに人造りの目標も着実に為し遂げつつある。
尾畑酒造における松井杜氏の受賞歴
| 平成7年4月 |
関東信越国税局酒類鑑評会「優秀賞」 |
| 4月 |
新潟県杜氏組合連合会・自醸清酒品評会「特別表彰」
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| 4月 |
寺泊町酒造従業員組合・清酒品評会「優等の部」
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| 11月 |
関東信越国税局酒類鑑評会「優秀賞」 |
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| 平成8年4月 |
関東信越国税局酒類鑑評会「優秀賞」 |
| 4月 |
新潟県杜氏組合連合会・自醸清酒品評会「特別表彰」
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| 4月 |
寺泊町酒造従業員組合・清酒品評会「優等の部」
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| 5月 |
全国新酒鑑評会「入賞」 |
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| 平成9年4月 |
新潟県杜氏組合連合会・自醸清酒品評会「特別表彰」
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| 4月 |
寺泊町酒造従業員組合・清酒品評会「優等の部」
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| 11月 |
関東信越国税局酒類鑑評会「優秀賞」 |
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| 平成10年4月 |
新潟県杜氏組合連合会・自醸清酒品評会「優等賞」
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| 4月 |
寺泊町酒造従業員組合・清酒品評会「第3位」
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| 5月 |
全国新酒鑑評会「入賞」 |
| 11月 |
関東信越国税局酒類鑑評会「優秀賞」 |
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